火星の大地創成—クレーターのパラテラフォーミング

構想:大林プロジェクトチーム

3 緑化計画—200年にわたる生態系の発展シナリオ

生物導入の前提

パラテラフォーミングにおける緑化計画は、地球の生命誕生の歴史を手本に設計されている。生物の遺伝的・生理的特性を調べ、太古の地球および火星模擬環境下の生存種を選抜する。

地球から火星への搬送は細胞を有する生物(細菌・藻類・植物等)に限定することとし、ウイルスは持ち込まない。各生物種のゲノム解析によるデジタルDNAデータとともに宇宙エレベーターで軌道に運び、輸送船で火星に運ぶ。火星側でDNAデータと現地の有機物を用いて生物を増殖させる。高コストな物質輸送を最小限に抑えつつ、最新のゲノム編集技術を活用して、単一系統による絶滅を防ぐための遺伝的多様性も確保する。さらに、増殖や機能を制御した人工的な細胞の形とすることで、ウイルスの持ち込みや予期せぬ生物活動を制限できる。

水盤と水路ネットワークの構築

太古の地球には酸素がなかった。そこで、テラフォーミングにおける最初の生物には「酸素がなくても生き続けられる生物」を選ぶこととした。

第一段階(0〜30年)はシアノバクテリアの導入である。藍藻(らんそう)とも呼ばれ、地球では約30億年前に出現し、酸素発生型光合成を初めて行った微生物だ。身近なところでは諏訪湖や霞ヶ浦に見られる「アオコ」もその一種である。

シアノバクテリアの一種 画像提供:アフロ

本格的な培養に先立ち、藻類試験用のラボを設置する。地球から運び込んだシアノバクテリアと油生産藻類の候補各数十種を試験培養し、火星環境に適した種を選抜する。この事前選抜のプロセスが、200年にわたる緑化計画の成否を左右する重要なステップとなる。選ばれた藻類は隣接するプラントで大量培養され、水に火星で採取したリン酸を加え、ドローンなどで水盤(バイオリアクター)に散布する。

【シアノバクテリアの水盤(バイオリアクター)模式図】

水盤は深さ約50cm、光合成を行う生物に必要な光が十分に届く水深である。底面と側面は、火星に存在するベントナイト(粘土鉱物)とレゴリスを混合した遮水層で固め、水が地中に浸み込むのを防ぐ。クレーター全体でおよそ2000基の水盤が必要になると試算されている。水面だけでクレーター底面の約7割に達する。天蓋を通過する太陽光でも生育可能だが、補光により光合成による酸素生産効率を高める。補光は、ミラー衛星を利用した集光装置と核融合発電エネルギーを組み合せて、光ファイバーを水盤内に通して夜間に行う。

この段階で酸素分圧を0から0.05気圧に上げることを目指す。

各水盤の間には遮水性を持たせた堰堤を築く。堰堤の頂部は道路として利用し、その内部には給水管と排水管のネットワークも敷設する。

水盤は棚田のようにクレーターの外縁から中心に向かって階段状に配置され、水は高低差に従って自然に流れる。各水盤を順に潤す水の供給は、クレーター外部の地下に存在する氷を電力で加熱・融解し、断熱パイプラインでクレーター内に導水する。

【水盤構築後のイメージ図】
※内部水盤を示すために天蓋の描写は省略した

水路のネットワークはクレーターの外周に沿って最上流のリング状貯水池を配置し、そこから各水盤へ水路で接続する。外周の貯水池から中央に向かって連続的な水流、いわば火星初の「河川」を形成し、水盤と水盤を結びながら中流域の水位調整池を経て、クレーター中央部の最下流の調整池に至る。このネットワークは、後述する土壌浄化プロセスにおける排水時の集約管理に役立ち、蒸発優勢による塩類の集積や排水不良による過湿の発生を抑制する。

調整池には、過塩素酸塩の浄化で生じた塩素イオンをナトリウムと結合させた塩化ナトリウムが集積し、やがて塩分を含む海となる。将来的にはクレーター内の気象制御や漁業、レクリエーションなど複合的な機能を担うことになる。

コケ植物の導入

第二段階(30〜100年)はコケ植物の時代である。コケは根を持たず体全体から水分を吸収するため、土壌が十分に形成されていない環境でも生育できる。

プロジェクトチームはこの段階の設計にあたり、火山噴火後の生態系再生を参考にした。たとえば2000年に大噴火を起こした三宅島では、被害を受けた大地にまずコケや地衣類が定着し、窒素固定菌と共生する植物が貧栄養の溶岩土壌で生育を始めるという自然の再生プロセスが観察された。

火星ではこの知見を応用し、クレーター面積の約5割、約982km2にコケを展開する。シアノバクテリアの増殖後、回収・乾燥保存した残渣を確保し、水盤内で汚染土壌を浄化する。浄化後の土壌に残渣を混合して厚さ0.5~1mの土壌基盤を造成し、コケと共生微生物を導入する。地球の法面緑化で培われた吹付工の技術がここで応用される。酸素分圧は0.05から0.1気圧に到達する。

ゼニゴケ(コケ植物の一種) 画像提供:アフロ
コケ植物の模式図

草本・木本植物が大地に茂る時代へ

第三段階(100〜200年)は草本・木本植物の時代である。酸素分圧0.1気圧は地球上では標高およそ5000m級の高所環境に相当する低酸素条件である。この厳しい環境でも標高3000〜4000mで育つ高地適応種として、キヌア、ジャガイモ、トウモロコシといった作物に加え、ミズナラやダケカンバなどの落葉樹が導入される。マメ科植物と共生する窒素固定菌が、大気中の窒素を土壌に供給する重要な役割を担う。ノシバやススキなどのイネ科植物は、比較的低温の条件下でも光合成機能を維持する多年草で、地下茎から毎年再生する。荒廃地でも生育が可能で、植物体の更新を通じて土壌中の有機物量の増加にも寄与する。またミミズなどの小動物も土壌の発達を促進する。

約200年の歳月を経て酸素分圧が0.2気圧に達し、窒素0.3気圧と合わせて0.5気圧の呼吸可能な大気が完成する。こうして人間は初めて、酸素マスクを外して火星の大気を呼吸できるようになるのである。

【高地で生育する草本植物】
  • キヌア 画像提供:アフロ
  • ジャガイモ 画像提供:アフロ
  • トウモロコシ 画像提供:アフロ
  • カニワ 画像提供:アマナ
  • オカ 画像提供:アマナ
  • タルウィ 画像提供:アマナ
  • アワ 画像提供:アフロ
【高地で生育する木本植物】
  • ミズナラ 画像提供:アフロ
  • ダケカンバ 画像提供:アフロ
【耐寒性イネ科植物】
  • ノシバ 画像提供:アフロ
  • ススキ 画像提供:アフロ

レゴリスの土壌化

火星のレゴリスは、地球の土壌と異なり生物活動がないことに加え、低重力環境という本質的制約のもとで、生物の生育基盤として多くの課題を有している。微細な孔隙を多く含み、毛管力によって水を強く保持する性質を持つが、低重力環境では重力による水移動が抑制されるため、透水性および通気性が不良となる。

火星における将来の「生物生産」(※7)の基盤とするためには、生物・水・鉱物反応を、時間軸の中で相互作用する動的な体系として捉え、時間をかけてレゴリスを土壌化し、土壌構造そのものを形成することが重要である。

テラフォーミングにおいては、土壌化プロセスの段階的進行により、初期段階で顕在化するデメリットが徐々に緩和され、地球の土壌と同様の機能を有することを目指す。まず、シアノバクテリアの光合成活動と窒素固定により、天蓋内の低酸素状態が緩和されるとともに、土壌化に必要な有機物と窒素などの養分が供給される。また、後述の土壌浄化プロセスにより、微生物活動を通じてレゴリス中の過塩素酸塩を低減し、その影響が緩和されたレゴリスを準備する。

次に、土壌浄化処理後のレゴリスとシアノバクテリア由来の有機物を混合すると、保水性が向上し、低重力下でも移動しやすい水分が増え、コケ植物が定着可能な生育基盤になる。そして、液体の水が存在する環境下で水に溶けた空気中の二酸化炭素が弱い酸としてレゴリスに作用した結果、火成岩由来の長石や雲母など、一次鉱物(※8)の化学的風化が進行する。

さらに鉱物を構成する元素(ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウムなど)が可溶化し、それらが再結合して粘土鉱物が生成され、土壌化の基盤が形成される。同時にコケ植物の生育が始まると、光合成による酸素供給、有機物の蓄積、窒素固定菌など共生微生物の作用を受けて、生物的風化(※9)が進行する。

一次鉱物の化学的風化によって生成された鉄・アルミニウム酸化物は、土壌微生物の有機物分解によって供給される腐植物質等と強く結合すると、粘土鉱物と同様の機能がある腐植複合体を形成する。さらに白色腐朽菌(※10)がリグニン(※11)分解物や菌糸体を土壌中に供給し、これらがミミズなどの土壌動物の作用(消化管内の細菌との共生により有機物分解が進む)を受け、団粒構造が形成されて土壌構造の安定化が進む。

こうした生物活動と物質循環のなかで絶えず変化する土壌は、火星における将来の生物生産と密接に関わる養分保持能力を左右するとともに、土壌由来の多様な物質形成にも寄与する。

※7 植物や藻類が光合成によって無機物から有機物を生産する一次生産および動物や微生物が植物等(一次生産者)を摂取して自身の体をつくる二次生産を指す。

※8 マグマの冷却などによって岩石が形成される際に結晶化してできた鉱物。なお、風化や土壌化の過程で変質して形成される粘土鉱物などを二次鉱物という。

※9 植物、動物、微生物などの生命活動によって、岩石や鉱物が物理的・化学的に分解されるプロセス

※10 木材腐朽菌の一種。木材に含まれる難分解性のリグニンなどを分解する能力を持つ。

※11 細胞壁の20〜35%を占める主要な成分。植物の骨格を支え、強度や硬さを保つ。

【緑化によるレゴリスの土壌化過程の俯瞰図】
【大地の再生と緑化のプロセス詳細(海と大気形成後のプロセス)】

さらに、草本植物や木本植物が導入され、酸素分圧が地球大気レベル(約0.2気圧)に近づくことを目指す過程の数十~百年規模の時間スケールにおいて、土壌化が成立する。

植物は、重力屈性(※12)に基づく姿勢制御が一定程度維持されるが、低重力環境の影響を受けて、根系が地中深くには伸長せず、地表近くに広がる形態を示す可能性がある。しかし、強風を伴う嵐が発生しない天蓋内では、樹木に作用する負荷が小さく、この浅根化が直ちに生育不良や倒伏につながるとは限らない。

地上部では細胞壁に必要なリグニン合成が低下し、樹木内部の密度が低下するなど地球とは異なる細胞形態になると推測されるが、機能的には草原や樹林に類似した植生が形成される可能性がある。粘土鉱物や水、有機物による土壌が火星で長期的に維持された場合、太古の地球における生命誕生過程と同様の化学進化が起こる可能性もあるだろう。パラテラフォーミング後の火星の土壌が、生命の安全を支え、多様な可能性を開く基盤となることを期待したい。

※12 重力方向に対する屈性。茎は重力と逆向きに、根は重力の向きへ伸長する。

この記事が掲載されている冊子

No.65「大地」

生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)

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