宇宙の土地は誰のもの?—惑星「地球化」の倫理を考える
元村有希子(同志社大学生命医科学部特別客員教授、毎日新聞社客員編集委員)
地球が狭くなってきた
私たちのすむ地球の表面積は約5億1000万km2である。その多くは海で、陸地の面積は29%にあたる1億4700万km2となる。
ピンとこないので、耕作面積などに使うhaに換算すると147億haだ。これを世界人口の82億人(2025年現在)で割ってみると、一人あたり約1.8haと算出できた。
これってどれぐらいの広さ?計算すると、だいたい130m四方である。私は京都市内に住んでいるが、平安京における「町」は120m四方だった。後に豊臣秀吉が「天正の地割」で縦半分に割ったが、今もその名残はあり、具体的にイメージできる。
まあまあ広い。でも待てよ、これはヒマラヤ山脈とか極地とか、人がとうてい住めない場所を考慮していない。衣食住を支える農地や商業地や公共施設も含まれていない。
しかも、世界人口は増え続ける。例えば100年前の世界人口は20億人だった。これから地球はさらに窮屈になり、住みづらくなる。有史以来、人類が飽きもせず繰り返してきた戦争の大半は、土地の所有をめぐる調整不能が発端であった。限られた土地や領土をめぐる争いも増えるだろう。そんなわけで、なんなら地球を飛び出して太陽系の惑星に移住しよう、なんてびっくり仰天な話も湧いて出てくる。
火星を第二の地球に?
手元に、1990年刊行の『季刊大林』No.33がある。特集テーマは「火星」だ。
大林組の技術者らによるプロジェクトチームが、最新の知見を踏まえて、火星への集団移住の実現可能性を多角的、具体的に検討している。
シナリオによれば2011年に米ソ日中欧の国際協力による火星有人探査が始まり、2020年には農業が始動する。2057年、ついに火星生まれの赤ちゃん(火星人)が誕生。採掘される豊富な資源は経済を潤し、ゴールドラッシュならぬプラチナラッシュで多くの地球人が移住する。ついには、地球の22世紀にあたる2101年、火星人をリーダーとする「火星連邦」が独立を果たす。
読み物として十分に面白いが、さらに私の興味を引いたのは、チームの誰一人、1991年以降に世界で起きる出来事を知らないという点だ。ソ連崩壊も、米同時多発テロもリーマンショックも(もちろん日本のバブル崩壊も東日本大震災も)考慮されない。この一冊は1990年時点の「希望」を詰め込んだタイムカプセルといえる。
宇宙史と私たち
宇宙は138億年前の大爆発(ビッグバン)で誕生したとされる。物質世界を支える原子が生まれるのは38万年後。その原子が集まって星ができるのは4億年後。さらに長い長い時を経て、地球を含む太陽系になったのは46億年前のことだ。
巨大隕石の衝突など五度にわたる絶滅の危機を乗り越えて、人類の祖先が登場した。地球史46億年を一年間に縮めてカレンダーに落としてみると、おおみそかの午後。現生人類(ホモ・サピエンス)は除夜の鐘が鳴り始めるころようやく登場する。
いわば地球史の最後に現れた新参者が、ここまでの繁栄を遂げたことは奇跡といっていい。飢えや寒さ暑さをしのぎ、自分と家族を野獣から守り、攻めてくる敵と戦う。その合間に空を見上げ、星の移動に目をこらし、未知の世界に思いを馳せた。さいわい人間には、他の動物よりはるかに豊かな想像力があった。想像は好奇心をはぐくみ、地球が丸いことや、動いているのは地球の方であるという気づきに到達した。
やがて人は想像だけでは飽き足らなくなる。20世紀になると、宇宙を目指し始めた。アポロ11号による人類初の月面着陸は、一つの到達点だ。
1969年7月20日(米東部時間)、月面に降り立ったアームストロング船長とオルドリン飛行士がしたのは、砂の大地に星条旗を立てることだった。「誰よりも先に俺たちがたどりついた!」という喜びの表現である以上に、米国の威信を背負う者としてのアピールだった。ことほどさように、宇宙探査は国家・国益と分かちがたく結びついている。
「所有」をめぐる野心
地球には「誰のものでもない」土地がある。南極だ。1959年、日本を含む12カ国によって結ばれた南極条約は、その利用を科学研究と平和目的に限ると明記し、領有権を主張すること、軍事基地を建設すること、放射性物質の廃棄や核実験についても行わないことを申し合わせた。裏返せば、こうしたルールを設けない限り、必ず争いが起きる。
宇宙も南極同様、宇宙条約(1967年)によって所有が規制されている。だが天体そのものの領有は禁じても、資源採掘などの利用をめぐっては解釈の余地がある。
そこに各国の思惑が絡む。月探査に限っても、日米が月面への有人再着陸を目指す「アルテミス計画」を進める一方、中国は月の裏側への無人機着陸を成功させ、それを足がかりにロシアと共同で独自に月面有人基地の建設を構想する。インドは月の南極への無人機着陸を成功させた。月に眠るとされる資源の先取権、さらにはその先の火星探査や軍事面での覇権といった、きな臭い野望が駆動力となっている。
これまでエンジニアたちが構想してきた「火星の地球化」がまだ実現していない大きな理由は、こうした宇宙をめぐる同床異夢にもあるだろう。だが、これは不運とも言えない。構想時には不可能だったことが36年後の今なら当たり前になっていたりする。コンピューターの進歩はもちろん、植物工場を可能にするLED(発光ダイオード)が普及し、廃棄物リサイクル技術や太陽光発電の高効率化も進んだ。
何より万人にとって宇宙への心理的距離が縮まった。地球のどこかで毎日のように民間企業が衛星を打ち上げている。まとまったカネがあれば個人が国際宇宙ステーション(ISS)に滞在することだってできる。
21世紀のいま、宇宙は(その範囲をどこに設定するかにもよるけれど)確実に「手の届く」存在だ。有人宇宙開発の意義を問われた飛行士がしばしば、15~17世紀の大航海時代を引き合いに出して「人は未知の世界に憧れ行動する。宇宙を目指すのも同じだ」と語るが、同列に論じるのは無理がある。コロンブスやマゼランは「あるかどうかも分からない」新しい地を探して船を出した。現代において月や太陽系の惑星は調べ尽くされている。少々いじわるに言えば、宇宙探査はその事実を確かめに行くに過ぎない。
そう言ってしまうと身もフタもないから、人はそこに「利活用」という新たな意義を付け加えるのかもしれない。資源を採掘する、観光需要に応える、はては気候変動や核戦争によって地球に住めなくなった時のための「避難先」として確保する。つまり「行かねばならない」理由を探し始める。
クリストファー・コロンブスの西インド諸島到達、バスコ・ダ・ガマのインド航路開拓(アフリカ南岸経由)などの成果により、カリブ海の島々やアフリカ沿岸部などが詳細に描かれている。 画像提供:アフロ
元村有希子(同志社大学生命医科学部特別客員教授、毎日新聞社客員編集委員)
1966年生。九州大学教育学部卒業。毎日新聞科学環境部長、論説副委員長、科学ジャーナリスト賞選考委員長、宇宙開発利用大賞(内閣府主催)選考委員を歴任。著書に『科学のトリセツ』『カガク力を強くする!』『理系白書 この国を静かに支える人たち』など。
No.65「大地」
生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)
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